2021年 04月 28日
父のこと |
4月15日に父親が逝去し、今日は二七日を迎えました。葬儀前後のような慌ただしさは無くなりましたが、まだ弔問に見える方もあり、落ち着かない状態でのGW入りです。
そのようなところで父親の略歴について書いてみようと思います。父、愛人(あいと)は昭和8年2月16日に御領村(現在の天草市五和町御領)で医師であった長野須賀夫、タキノの間に四男二女の末っ子として生まれています。長兄、次兄は父親と同じ京都府立医専へ進学したものの、結核に罹患し長兄が亡くなり、次兄も志半ばで退学しています。終戦後に相次いで父母が亡くなったことから異母兄弟であった祖父、松田正忠のもとに養子へ出されています。「小学生のときに飼っていたメジロ籠一つだけを持っていった」と述懐していたのでよほど悲しい思い出だったのでしょう。実は養父正忠も長野家から松田家への養子に行っており、二代続けての養子となります。高校までを天草で過ごし、日本医科大学の予科へ進学後、祖父と同じ九州歯科大学へ入学しています。大学の5期生で卒業し、その後は東京大学の口腔外科へ専修生として学んでいます。その頃の医局長は医歯薬出版の道路向かいで開業されている小生の同級生、松原真先生のお父様でした。医局ではやはり同級生の赤松正先生(現、東海大学医学部形成外科教授)のお父様(前神奈川歯科大学口腔診断学教授)や足代先生、寺川國秀先生と同じ時代の在局でしたから、私の進学が必然的に東京歯科大学になったのかもしれません。
大学卒業と同時期に母と結婚していますが、母は高校の同級生でもあり、内科を開業していた隣家の娘です。母は四男四女の四女ですが、祖父が「医師か、帝大出にしか嫁にはやらん」といっていたそうですので、歯科大卒業後に東大の口腔外科へ研修の場を求めたのでしょう。
写真は若かりし頃のものですが、右下は父が61歳。今の自分とほぼ同じ年齢ですが、歯科医には見えません(笑)。娘曰く、「見た目はなんだか極道一家の写真だね」…さもありなん。
by matsudas1933
| 2021-04-28 21:07
| 人物


